ISEGORIA / 数学百科事典
原子物理:軌道とスペクトル
水素原子の軌道の形、そこから生じるスペクトル系列、そして磁場がナトリウムの D 線を分裂させる仕組みを扱います。
前提知識: 量子力学
予想してから操作し、計算例と問いで理解を確かめてください。グラフは数式の図示であり、証明ではありません。
1. 軌道の形
水素原子の定常状態はどれも、動径関数と角度関数の積です。n、l、m を選び、原子を切った断面を見てください。ψ の符号が変わる節には二種類あります。動径因子からくる球面と、角度因子からくる円錐面や平面です。右の r²R² は電子を距離 r に見いだす確率を表し、点線は同じ n で l が異なるものです。
計算例. \(3d_{z^2}\) では \(Y\propto3\cos^2\theta-1\) が \(\cos^2\theta=1/3\)、つまり \(\theta\approx54.7^\circ\) で 0 になり、これが二つの節の円錐です。\(n=3,\ l=2\) では動径方向の節はなく、\(\langle r\rangle=(27-6)/2=10.5\,a_0\) です。
注意点. 図は実数の軌道(\(p_x\)、\(d_{xy}\) など)で、\(+m\) と \(-m\) の組み合わせです。\(m\neq0\) のとき \(L_z\) の固有状態ではありません。外側の淡い部分も見えるように、色の濃さは \(|\psi|^{0.55}\) に比例させています。
2s 軌道には節があるのに 2p には動径方向の節がないのはなぜですか?
どちらも節は合計 \(n-1=1\) 個です。2s(\(l=0\))ではそれは動径方向の球面でなければならず、2p(\(l=1\))では角度方向の節面なので、動径因子には節が残りません。
2. スペクトル系列
電子が準位 n からより低い準位に落ちると、エネルギー差を運ぶ光子を一つ放出します。同じ準位で終わる遷移が一つの系列をなします。ライマン系列は紫外、バルマー系列は一部が可視、パッシェン系列より先は赤外です。系列と上の準位を選び、再生を押して電子が落ちる様子を見てください。
計算例. Hα はバルマー系列の遷移 \(3\to2\) です。\(E=13.598\,(1/4-1/9)=1.889\ \text{eV}\) なので、真空中で \(\lambda=1239.84/1.889\approx656.5\ \text{nm}\) となります。散光星雲を赤く染める線です。
注意点. これは換算質量を用いたリュードベリ定数によるボーアの準位です。微細構造とラムシフトは線を \(10^5\) 分の 1 程度しか動かさず、ここでは見えません。波長は真空中の値で、空気中では約 0.03% 短くなります。
系列の線が片方の端に詰まるのはなぜですか?
\(n_u\) が大きくなると \(1/n_u^2\to0\) なので、光子のエネルギーは下の準位の電離エネルギーに下から近づきます。極限の波長は \(n_\ell^2/R_{\mathrm H}\) です。
3. 磁場が線を分裂させる
ナトリウムの黄色い二重線は 3p → 3s の遷移から生じます。磁場の中では各準位が副準位 \(m_J\) に分裂して \(g_J m_J \mu_B B\) だけずれ、光子は \(m_J\) を 0 か ±1 だけしか変えられません。ランデ因子 \(g_J\) が上と下の準位で異なるので、D1 線は 4 成分に、D2 線は 6 成分に分裂します。磁場をドラッグし、各成分が B に比例して動く様子を見てください。
計算例. \(^2P_{3/2}\) では \(g_J=1+\frac{15/4+3/4-2}{15/2}=\tfrac43\)、\(^2S_{1/2}\) では \(g_J=2\) です。D2 線の成分 \(m_u=\tfrac32\to m_\ell=\tfrac12\) は \(\tfrac43\cdot\tfrac32-2\cdot\tfrac12=1\) 単位の \(\mu_B B\) だけずれ、1 T でおよそ 16 pm です。
注意点. 電子の g 因子はちょうど 2 とし、超微細構造は無視しています。線の太さは各遷移の相対的な強さである 3j 記号の二乗を表します。実際に見える明るさは観測方向と偏光にも依存します。
100 T の磁場では何が起こりますか?
ゼーマンのずれが 2.1 meV の微細構造分裂を上回るので、L と S の結合がほどけ、ずれが \((m_L+2m_S)\mu_B B\) となるパッシェン・バック効果に移ります。